仙台高等裁判所 昭和26年(う)906号 判決 1952年1月14日
本籍並びに住居
仙台市中島町十三番地
日の出興業株式会社取締役
杉村多利治
明治二十五年三月十三日生
右の者に対する所得税法違反被告事件につき昭和二十六年八月六日仙台地方裁判所が言渡した有罪の判決に対し被告人から控訴の申立があつたので当裁判所は左のとおり判決する。
主文
本件控訴を棄却する。
理由
弁護人、中野忠治、同遣水祐四郎の控訴趣意は別紙記載のとおりである。
しかし、本件の罪質、ほ脱した税金の額、ほ脱の方法、その他記録の示す各般の情状を検討考慮するも原審が被告人に科した刑が重きに過ぎ当を失したものと認めることはできない、論旨は理由がない。
よつて刑事訴訟法第三百九十六条に従い、本件控訴を棄却すべきものとし主文のとおり判決する。
検察官 某 関与
弁護人中野忠治、同遣水祐四郎の控訴趣意
刑の量定著しく重い
原判決第一事実によれば昭和二十三年一月より同年十二月まで日乃出劇場賃貸による所得は必要経費を差引いて課税所得額は百六十万七千七百九十二円でありこの内より基礎控除額及扶養控除額予定申告の際納付した金額を差引く時は九十三万三千二十一円を納付すべき処右所得の一部を隠匿し確定申告をした結果八十万八千九百四十九円をほ脱したのである。
同じく第二事実によれば昭和二十四年一月より同年十二月三十一日まで日乃出劇場、東宝劇場の賃貸収入は必要経費を差引き課税所得額は百五十九万三千二百五十四円でありこの内から基礎控除額、扶養控除額を控除すれば八十八万千五百三十五円となり修正申告の際一部収入を隠匿して二十五万八千九十五円納付し結局六十一万八千九百四十円を免れたのである。
と各認定し右犯行に対し懲役六月、弐年間刑執行猶予、罰金合計五十万円の刑を科したのである。
然れども右犯行を為すに至つた動機その他の事情に付いて説示すれば
(一) 第一第二犯罪事実を合せて
本件所得税の課税率は基礎控除額、扶養控除額を差引いた所得額に対して八割五分の税率を課されるのである。残り一割五分が被告人の手に入る訳である。この内から県税として(昭和二十三年四月ころは附加税であつたか特別事業税であつたかである)必要経費を差引いた所得額の一割二分即ち第一犯罪事実からすれば百六十万七千七百九十二円の一割二分の県税とこれとほとんど同額の市税を課税されるのである。この外多額の戸数割税(当時の税名)等を賦課される。
か様な諸税金を納付するときは前記所得課税率八割五分の残一割五分ではほとんど不足を告げる計算となるので従つて正確な所得申告をして納付するとすれば基礎控除額、扶養控除額を除いた所得額は全部諸税金に充ててもなお不足を生じ基礎控除額として差引いた金額より支出せねばならない計算となるのである。
本件においては昭和二十三年度の宅地建物税を必要経費として控除して居るが前記県税市税は右以外の税金である。
もつとも昭和二十三、四年の税制からすれば正確に所得額を申告すれば一切の諸税金を納付すれば如何に多額の収入ある者でも生活費として残るものはわずかに二十万乃至三十万となりこの収入で一家数人が生活する計算であることは公知の事実である。国民中巨額の富を得た者ありとすれば夫れは全部正確な所得の申告をしない不正申告者と断ずるも誤りないのである。
しかして被告人は前記の如き収入支出となり生活に余祐を生じないばかりではなく
(二) 昭和二十三、四年にあつては被告人所有の日乃出劇場は仙台市復興計画のため取こわしせねばならぬこととなりその新築には多大の費用を要する関係上被告人の損害はばく大なものであつた。そのため生活上にも困難を極めて居たので遂に心ならずも収入を過少に見積つて申告したのである。
右事情を見るときは犯罪の情状しやく量すべきであると信ずる右の事実は被告人の検察官に対する供述調書及第二回公判調書に同趣旨の記載あるので立証する。
(三) 本件減価償却金額を一ケ年十万円余として居るが、これは妥当ではない。何となれば日乃出、東宝両劇場は建設した時の帳簿価額若くは財産税施行時の昭和二十一年中の価額を標準として七十万円と見積つたのである。この減価償却を一ケ年十万円内外としたのであるが昭和二十三年四年の財界好況時にあつては右両劇場は少なくも六百万円の価額はあつたのである。この価額を標準とするならば一ケ年の減価償却額は十万円余の十倍約百万円内外として計算し収入より必要経費として控除すべきが相当である。
若し左様な計算にすれば本件犯罪は成立しないのである。しかし税務署の計算によれば一たん定めた帳簿価格又は財産税申告当時の価格が訂正しない以上その価格を標準として減価償却額を定めることになつて居るのであるから如何ともしがたいのであるが、これらは法の不備というべきである。
その結果時価六百万円相当の建物に対しこれが撤去補償として仙台市よりわずかに七十三万円の補償金を支給されたのである。被告人の実損害は五百万円以上に達したのである。なお、時価六百万円と見積つたのは一坪五、六千円と見積つた計算であり、決して不当の見積りではないことを附言する。
以上の事実であるからこの点また情状しやく量すべきものと確信する。
(四) 所得税法を見るに改正前の昭和二十三、四年当時における税法第二十七条によれば確定申告をしたものがその後収入等過少に申告したことが判つた時は修正申告をして訂正すべき旨規定して居る。この点から見れば法の趣旨は例へ一度誤つた考で不正に過少申告しても直ちにこれを罰するものではなくその後修正した真実の収入を申告すればこれを許容して正当な所得税を納付せしむるか又は更正決定によつて確定申告額を変更しその額を納付せしめ円満に税の徴収を計る方針であることを暗示して居るのである。従つて税務署においてはこの法の趣旨をくんで例へ不正申告がありても直ちに告発する挙には出ないのである。要は正当な納税をさせる為に修正申告を認めかつ更正決定をするのである。かくして事案を円満に処理して居るもので宮城県下には本件以外には昭和二十三年二十四年度においては不正申告者として告発起訴されたものは一人もなかつたのである。
本件被告人の公訴提起は昭和二十六年三月であるが被告人は是より昭和二十五年十一月十日と同月十五日にあつて税務署長に対して判示第一事実については九十三万三千二十一円を納付すべき旨の修正申告書を又判示第二に付ては八十八万千五百三十五円を納付すべき旨の修正申告書を各提出し所轄税務署長もこれを認めたのである。しかして現金の持合せがないので右申告と同時に約三十一万余を納付し残額に付ては延期書を差入れたのである。
右様にして起訴以前である昭和二十五年十一月十日、十五日に二件とも円満処理が付いたのであり一部の税金を納めてあるから前示所得税法の趣旨からしても刑罰を科さねばならない程でもないと思われる。
若し本件の如き事案が起訴されるとすれば宮城県下においては被告人以上の多額の不正申告者があり、更正決定によつて追徴されて居る事件が枚挙にいとまないことはまことに明かである。然るにこれ等のものを告発をせず又起訴もしない理由は前記所得税法の趣旨をくんで居る結果だと思われる。本件だけが告発され起訴されたのは実は不可思議である。
以上の次第であるから例令罪ありとするも量刑の点において充分しやく量さるべきである。
(五) 所得税法罰則によれば懲役又は罰金の何れかを科するのが普通であるが情状重いものは体刑と罰金とを併科することが出来ることになつて居るが本件は前記の如く告発又は起訴以前(昭和二十五年十一月十日)自ら修正申告をして一部納付して居り諸帳簿を変造した訳でもないのであるから犯情悪質と見るべきでない。又本件判決事実記載の金額以上のものをその後納税して居るのであるから体刑と罰金刑とを併科した原判決は量刑過重である。